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| 行列ニッポン観察記 |
| 商社仕掛け人秘話 |
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「味に感動がある」「カルチャーショックだ」------。
グラスを手にした人たちが驚嘆の声を漏らす。商品を説明する蔵元の周りが、人だかりで熱気に包まれた。
2003年8月28日、東京・有楽町で約3千人の飲食店関係者を集めた焼酎の試飲会が開かれた。6万個のグラスを用意した酒販業界では異例の大規模イベントだ。手がけたのは三井物産九州支社。2001年に始めた「幻の焼酎ルネッサンス」事業で発掘した九州の蔵元11社の35銘柄が一堂に会した。
この中には生産が追いつかないはど注文が殺到する「行列のできる焼酎」がある。白金酒造(鹿児島県姶良町) の「石蔵」 や壱岐焼酎協業組合(長崎県芦辺町) の「柚子小町」、壱岐の華(同)の「尋ね鳥」だ。正真正銘の「幻の焼酎」−−−−。
誕生させたのは一人の商社マンだった。1999年、三井物産九州支社の中村鉄哉部長(43)は、焼酎かす処理事業を進めるため白金酒造を訪れた。ずぶ濡れになりながらも熱心に説明する中村さんに、蔵元は「それより焼酎ば、売らんね」。差し出された芋焼酎はほんのり甘い。「これが焼酎?」うまさに身が震えた。
支社に帰り、さっそく企画書を練った。小さな焼酎蔵が、個性的な光を放っている。それを束にすれば九州全体が活性化する−−−−。
意欲に燃えて挑んだ東京本社の会議。「うちは百億からが商売だ」「焼酎はしょせん安酒、会社のイメージを損ねる」。提案は集中砲火を浴びた。「これからは消費者の視点が大事」という九州支社長や本社の一部の支援を得て、プロジェクトは何とか進み出す。
だが今度は業界の慣習が立ちはだかる。「おたくはいくら出せるの」。酒販卸が露骨にリベートを要求する。行く先々で門前払いを食らった。
蔵元は本当に造りたい焼酎を造り、酒販店は売りたい酒を売る。消費者は本当に飲みたい焼酎を飲む。そんな単純な仕組みを作ろう、と中村さんは蔵元や酒販店に呼びかけた。
壱岐の蔵元が応じた、麦焼酎発祥の地でありながら、大分に押されっぱなしの壱岐焼酎。壱岐の華の長田浩義専務(43)は「うちのやり方は癖のある常圧蒸留。大分は飲みやすい減圧蒸留で人気だが、やり方を変えれば個性が失われてしまう。」中村さんから話があったのは、そんな苦悩の時だった。最初は乗っ取りかと思ったが、話を聞くうち高い志に感銘を受けた。造り手の個性を尊重し、焼酎文化の継承や地域活性化まで考えている。この人なら閉塞した状況を打開できるかもしれない−−−−。
長田さんはその理念に賭けた。「臭み」を「個性的な香り」にかえる試みが始まった。試作品は100を越えた。200名を集めた試飲会も3回も開いた。もっと消費者に近づくこと。蔵元の意識は徐々に変わっていった。名前やデザインにも徹底的にこだわって。消費者が求めるのは中身だけではない。秘められた造り手の思いや文化に思いをはせながら味わっている。1本の焼酎から物語を紡げるような、そんな商品を目指した。そして生まれたのが「尋ね鳥」。「朝鮮担当から伝来した壱岐焼酎を大陸から渡る鳥になった気分で味わってほしい」との思いが込められている。
「自分が売る商品にはじめて愛着を持てた。」福岡市の酒販店、サンノー酒販の大木伸社長も事業に共感する一人だ。1本1本に込められた物語を消費者に伝えたいという熱い思いが飲食店を動かし、名だたる焼酎が覇を競う福岡市場で着実にファンを広げている。
参加者はプロジェクトの理念に共感し、消費者もその「哲学」に酔う。現在、事業の年間売上高は六億円。2年後に20億円が目標だ。「幻の焼酎」の族印が求心力となり、新しいうねりが生まれようとしている。
三井物産九州支社 中村鉄哉部長
私は自称
「焼酎業界のベッカム」なんです。
焼酎は日本が世界に誇る文化です。九州には物語が込められた焼酎がたくさんあるのに、ほとんど知られていない。」こうした蔵を世に出していこう、というのがプロジェクトの出発点でした。
どの蔵もそれぞれの物語を持っています。例えば「石蔵」の白金酒造は西郷隆盛が愛飲した焼酎蔵で、西南戦争のときに陣屋を置いたという言い伝えがあります。峰の露酒造(熊本県人吉市)には、2代前の杜氏が自分が死ぬまで出すなと言った伝説の酒があります。そういった造り手の「情念」まで伝えたかった。
想定したのは「30代を中心とする新しいタイプの消費者」。時代に流されず、自分を確立し、常に時代に挑戦している人に飲んでほしい。そのためにも単なるメッセージではなく、生き方そのもの、哲学が伝わる商品を目指しました。細部にまでこだわったのにはそんなワケがあります。
プロジェクトの成功には、いくつかの壁を乗り越える必要がありました。まずは流通構造の壁。優れた焼酎があっても、その情報が正しく伝わりません。これはメーカーの体力の欠如、広告力の欠如に加え、ただ商品を右から左に大量に売ることのみを考える、売る側の問題があります。
この壁を乗り越えるために、対面販売で情報を伝えやすい飲食店向けに的を絞りました。コミュニケーションを重視する酒販店を探し、協力してもらいました。とりわけ関東で力を持つ酒販店、カクヤス(東京・北)から強い支援をもらったことが、飛躍の第一歩だったと思います。
蔵元の意識改革も必要でした。そのためにも消費者を集めた大規模な試飲会を何回も繰り返し、生の声を実感してもらいました。そこで出てきたのが「焼酎は臭い」との声。蔵元の問では焼酎はこういうものだ、という考えがあったと思いますが、それでは消費者二−ズとずれている。消費者の視点からの商品開発が、プロジェクトの基本的な考え方です。
とはいえ、消費者のイメージの壁も乗り越えるべきものでした。焼酎には「安い、臭い」というイメージが染みついています。これを「うまくて手ごろ」に変える。焼酎としては価格が高めだが、他の高級酒よりは安い「高級焼酎」という分野を新たに確立したかった。そこで価格や味以外の要素として「文化的メッセージ」「物語性」を求めたのです。
苦労はしましたが、焼酎業界も少しずつ変わってきたと思います。誰も呼んでくれませんが、私は自称「焼酎業界のベッカム」なんです。そのココロは「変化の創出者」。変化はそこにあるのではなく、作り出すもの。これからも焼酎業界に革命を起こし続けたいと思います。
焼酎革命
「本格焼酎」をけん引役に、焼酎の消費量は右肩上がり。蔵の歴史や地域文化に思いをはせ、「アタマで飲む」のがミソ。清酒を抜き、国民酒の座を手にする日も近い。
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