宣伝会議2008年2月1日号

■ 商社マンから転身九州焼酎を東京、そして世界へ売り込む

下戸の自分も魅了した九州の秘蔵焼酎に着目
ルネサンス・プロジェクト代表取締役社長の中村鉄哉氏が九州の焼酎と出合ったのは商社マンをしていた1999年のことだった。焼酎かすのリサイクルプロジェクトのため福岡に転勤したことがきっかけだ。事業化調査で訪れた蔵元で振舞われた秘蔵の焼酎は、東京では見たことのないものばかり。下戸の中村氏でさえ「うまい」と思ったそうだ。
当時はまだ焼酎ブームが起こる前で、「焼酎は安くて臭くてまずい酒」というイメージが強く、都心の酒店には2〜3種類しか置かれていなかった。九州には何万種類もの芳醇な焼酎があるのに、量と質そのどちらも巨大マーケットには届いていない。そればかりか、多くの蔵元は低価格の販売を余儀なくされ、経営難に苦しんでいた。
そのギャップにビジネスチャンスを見いだした中村氏は、地場に秘められた幻の商品を発掘し流通させるプロジェクトを打ち出す。商社としての事業規模に合うかどうか社内議論はあったものの、「ブランド育成は地域に貢献できる良い仕事」と、会社も了解した。


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九州の焼酎に魅せられて大手商社を退職、自ら新たな商品と販路の開拓に挑んできた中村鉄哉氏。首都圏の女性にターゲットを絞って開発したという新たな商品群は、これまでの焼酎のイメージを変え、世界の市場をも獲得しつつある。

作り手の強い思い入れは時に客観的な判断を阻害する
プロジェクトの一番のポイントは「人」だと中村氏は言う。特に蔵元は保守的な職人気質で、外部からの新しい動きに否定的なところが多く、意識改革から始めなければならなかった。
「作り手は商品に思い入れがあるため、冷静にマーケットを判断しにくいもの。たとえ先祖代々守ってきたことでも、マーケットに合わないものもあります。作り手がそのことに気づくと、大きく飛躍できるのです。あとはどういう形で商品化していくか。そこが我々の腕の見せ所です」。焼酎を「リーズナブルでおいしい」イメージにしようと考えた中村氏は、ターゲットを首都圏の女性に絞り、女性が購入しやすいお洒落なデザインやネーミングを採用。蔵元を説得してマーケットの声を反映した商品開発にも取り組んだ。
苦労して開発した焼酎をブランドとして確立するには、ブランド育成が可能な新しい流通も必要だった。「ブランドを育てる流通とは、焼酎を作品として受け止めて、付加価値と一緒にお客さまに届けてくれる流通です。良い流通はお客さまニーズを吸い上げてくれる心強いパートナーとなります」。
中村氏は、全国の業務用酒販店の中でも、地域の代表と言われる企業一軒一軒を訪ねて説得してまわった。時間も労力もかかったが、全国26社とパートナーシップを組むことができた。

エリアマーケターに必要な3つのポイント

2006年1月、中村氏は大手商社を退職してルネサンス・プロジェクトを立ち上げた。「地域に密着した地場振興は、地元に根を下ろし、腰を落ち着けて取り組むべき」と考えたからだ。
02年に「焼酎ルネッサンス」商品を世に送り出してから5年、商品群は50種類を超えた。業績も順調に伸びて、07年9月(第3期)には14億円を売り上げた。昨年10月には、自社商品を扱う飲食店を、料理人に焦点をあて、紹介する情報誌「オープン」を創刊した。商品認知度の向上が狙いだが、「将来九州を背負って立てる人を、とことん応援したい」という思いもある。
「地域活性化に挑むマーケターに必要なポイントは3つある」と中村氏は言う。状況に応じて最適なパスを出せる柔軟性。とりあえずやってみるという懐の深さ。世界市場でも勝てる商品を作ろうとするグローバルな視野だ。
中村氏は、世界的な日本食ブームに乗せて九州の焼酎を世界に根付かせたいと考えている。昨年はフランスのワインフェスティバルに九州焼酎紹介コーナーを出展、パリの焼酎人気に火をつけた。フランスのボルドーワインと九州の焼酎を相互輸入する「サムライ焼酎プロジェクト」も進行中だ。
「地場産品を世界のマーケットに送り出し、社会に役立つ「よい仕事」をしたい」。中村氏の理念は、着実に実現に向かっている。